ファイナンシャルプランナー2級合格!

昨日ポストに合格証書が届きました。

学科試験に合格していたのは自己採点で分かっていたのですが、実技は採点方法が公開されていなかったので、合格しているかどうか分からないまま1ヶ月ほどモヤモヤしておりました。

今年1月にも試験を受けた時のようなハガキ1枚のみの結果(つまり不合格通知)だったらどうしようと不安だったので、A4サイズほどの大きさの硬い封書が届いていた時は嬉しかったです。

 

5月に受検するつもりでしたが、コロナの影響で中止になったので、満を持して?の挑戦でした。

仕事をしながら試験勉強をするのは大変でしたし、途中中だるみがあったこともありましたので、「今回もまたダメかもしれない…。」とあきらめそうになることがありました。

 

しかしあきらめたら最後だと自身を奮い立たせました。

スラムダンク安西先生も言っていましたよね、あきらめたらそこで試合終了だと(笑)。

 

まず勉強するにあたり計画を立てました。

私は計画を立てるのが苦手なのですが、得意だとか苦手だとか言ってる場合ではないことはよく分かっていました。

前回不合格だったのは、計画を全く立てていなかったからに他なりません。

試験前日までのスケジュールを細分化しました。

この日はここを必ずやる、と同時に他のことはやらないと。

試験勉強しながら思ったのが、やらないことを決めるのも重要だということです。

ついあれもこれもやらなければ、と欲張ってしまいがちになるのですが、そうすると結局中途半端になってしまうんですよね。

だから、やらないことをはっきり決めるということは大事なのです。

時間ももったいないですからね。

 

勉強する際に使用したものとして、参考までに挙げておきます。

・「FP2級ドットコム」

このサイトは本当に分かりやすいし、このサイトのおかげで合格できたといっても過言ではありません。

2020年現在、2013年分からの過去問が網羅されており、全てに詳しい解説がついています。

個人的には2018年分ぐらいのものから勉強すれば大丈夫なのではないかと思います。

 

・1級ファイナンシャルプランナーおーちゃん

他の合格者の方も挙げていらっしゃいますが、このおーちゃん先生の解説もすごく分かりやすいです。

なによりおーちゃん先生のキャラが濃い(笑)。

キャラが濃すぎて話が入ってこない危険性はありますが(笑)、内容は至ってマジメに丁寧に解説してくださいます。

 

なおテキストですが、何でもいいと思います。

って何だその投げやりな態度は!って怒られそうですが、個人的な感想として、書いてある中身はどの参考書も変わらない気がしたのです。

ちなみに私は日本経済新聞出版社の「FP王道テキスト」を使用していました。

挿絵があまりないシンプルな構成になっており、見やすかったのでこれを購入したのですが、こればっかりは個人の好みによるので、本屋さんで実際に手にとって見られた方がいいと思います。

 

あと何より大事なことは健康管理です。

せっかく勉強したのに体をこわしてしまったら全て台無しです。

ご飯をしっかり食べて、睡眠をとって試験に臨んでくださいね。

写経のススメ

突然ですが、最近写経を始めました。

写経っていうと、修行僧が行うとか鑑別所に入った人がやらされるといったような、鍛錬というか精神を叩き直すようなイメージが強いのです。

しかし最近は、趣味の一環として若い女性も取り入れている人が増えているそうです。

ちなみにモデルの冨永愛さんや女優の倉科カナさんも写経が趣味とのことです。

 

写経ってどうやって始めるの?お寺に行かないとできないの?と思う方もいるでしょう。私もそう思っていました。

以前はそうだったのかもしれませんが、今はネット上に写経の書式がいくつも載っており、無料でダウンロードができます。

無地に罫線が引いてあるだけのものもあれば、般若心境が薄く印字されているものもあるので、お好きな様式をプリントアウトして下さい。

私はまだ初心者で自信がないので、薄く印字されているものをプリントアウトしました。

 

まだ初めて一週間ほどなので、あまり多くを語る資格はないかもしれませんが、初心者なりに感じたことを述べていこうと思います。

 

①集中力が身につく

300字程度の文字が印字されており、それを筆ペンでなぞります。

なお筆ペンでなくても、ボールペンや本気出して毛筆でも、そこは個人の好みでやってみて下さい。

なぞるだけでしょ?簡単簡単♪

始める前はそんな風に余裕こいていました。

ところがこれが結構難しかったんです。

当然ですが般若心経なので全て漢字であり、しかも「羅」とか「蜜」とか普段使わない、無駄に画数の多い漢字が至る所に使用されているので、誰にせかされているわけでもないのに付いていくのに精一杯。

1時間くらいかけてやっと書き終えるのですが、ただなぞっただけのはずなのに出来上がりがイマイチ(笑)。

文字の汚さに愕然としたのもそうですが、パッと見文字数がそれほど多くないのですぐ終わるだろうと思っていたのに思いの外時間がかかったことにも衝撃を受けたのです。

「え、まだ半分以上残ってるじゃん・・・。」

けど始めてしまった手前、途中で投げ出すのは嫌だったので、ただひたすら筆を動かします。だから書き終えたときは若干ながら達成感はありました。

 

②落ち着く

書き写すのが般若心経だからというのもあるでしょうが、書き進めていくうちに心が静まっているような気がするのです。

ここはこうはねて、ここはこう止めて・・・と集中しているうちに、余計なことを考えなくなっていきます。

「あ~あの人腹立つわ~!」みたいなことを考えていたら、字が歪み放題でしょうから(笑)。

 

認知症予防になる

情報元不明のソースで又聞き情報になり申し訳ありませんが、手先を動かしている認知症になりにくくなるという話を聞いたことがあります。

例えば楽器を演奏するとかの行為が該当します。

そういえば元ビートルズポール・マッカートニーは80も近い年齢ですが、まだ現役で活動してますね。

写経もひたすら手先を動かします。そして字を間違えないように神経を集中させる必要があるので、認知症予防になるというのはかなり信憑性のある話でしょう。

 

④字が上手くなる

用紙に印字されているのは当然ながら美文字です。

それを毎日書き写していたら、気が付いたらアラ、字が綺麗になってたわ!

ということも有りうるでしょう。

私自身はまだ始めて一週間なので実感できていませんが、そうなることを願って続けようと思います、というか続けます!

 

なお写経した紙は捨てない方がいいでしょう。

捨てたからといって呪われるバチが当たる、ということはないでしょうが、文字の上手下手に関わらず大切なものとされているので(般若心経が書かれているわけですしね)、納経するのが良しとされています。

納経というのは、簡単に言うとお寺に納めることです。

 

といった感じで非常に気軽に始めることができるので、ご興味のある方は一度体験してみることをおススメします。

説教したがりマン

あなたの周りには、やたらと説教したがる人っていませんか?

これは私の偏見かもしれませんが、特に中年以降の男性に多いような気がします。

親だとか職場の上司だとかからされる分は幾分納得はできるのですが、ただの知り合い程度の人物からされるのは、拷問以外の何物でもありません。

余計なお世話、この一言に尽きます。

 

ところで、なぜ彼ら(中には彼女ら)は説教したがるのでしょうか?

主に以下のような理由があると推測されます。

 

①自分は偉いと思っている

言い換えるとマウント取りですね。

自分は相手より知識や経験がある、相手は自分より劣った人間なのだから、そのことを思い知らせてやろう。

自分より下の人間であると位置づけて、優越感を得ます。

痛い、痛すぎます!

 

②自信がない

一見自信満々のように見えますが、このような残念な言動の裏には、自信の無さが隠れています。

だって考えてもみてください、本当に自信があったら、わざわざマウント取りとかする必要ありますか?

自信があるのなら、そんなことしなくても、周りが自然と認めてくれるのだから、悠然と構えていられるはずだと思うのです。

弱い犬ほどよく吠えると言いますしね。

 

③想像力に欠けている

自分がしていることを逆にされたらどう感じるでしょう。

よほどのドMな人でない限り、苦痛に感じる人がほとんどでしょう。

にも関わらずそのような行動をとってしまうのは、ひとえに想像力のなさによります。

子どものころに親から教えられませんでしたか?

自分がされて嫌なことは人にするな、と。

すごくシンプルな教えですけど、ものすごく大事なことです。

年を取るにつれて忘れていってしまうものなのでしょうか・・・。

 

ざっと挙げてこんなところでしょうか。

単純にウザいという言葉で片付けられない、根深い事情があるのでしょうから、そういうことを考えると、同情のひとつでもせざるを得なくなります。

 

でもこれは声を大にして言います。

 

あなた一体何様ですかー!!!

幻の東京オリンピック

今日から7月が始まります。

2020年も半分が終わりました、早いですね。

コロナ騒動で日本中世界中が混乱の渦にある間に、いつのまにか時が過ぎていったということでしょうか。

 

本来ならば今月から東京オリンピックが開催されるはずだったのに・・・オリンピックを熱望していたわけでない私でさえ、ため息が出そうになってしまいます。

 

東京でオリンピックが開催されるのは、今回で2回目です。

※ここでは開催予定という前提で話を進めていきます。

1回目はご存知の通り、1964年に開催されました。

しかし実は、それより前に開催予定であったことをご存知ない方は多いかと思います。

 

1940年にアジア初のオリンピックという触れ込みで話題になったものの、戦争により中止となりました。

この当時はかなり戦争色が強い時代であり、その4年前の1936年のベルリン大会も、ヒトラー率いるナチスプロパガンダ大会だと揶揄され、このベルリン大会をネガティブに捉える人は多いのではないでしょうか。

ちなみにこのベルリン大会の記録映画を撮ったドイツの映画監督であるレニ・リーフェンシュタールナチスの協力者だと批判され、死ぬまでそのイメージは払拭されませんでした。

 

話を東京オリンピックへ戻します。

戦後の焼け野原から乗り越え、やっとの念願の東京での開催。

戦後からわずか20年ほどしか経っていないにもかかわらず、あれだけの規模で開催できたなんて、日本人の底力を感じます。

当時私はまだ生まれていなかったので、過去の記録映像や昨年放送された大河ドラマ「いだてん」で知っただけなのですが、それでもやっぱり「日本ってすごい!」と思わずにはいられないのです。

 

それから56年経ち、2020年。

待ちに待った2回目の東京オリンピック!のはずだったのですが・・・。

しかも戦争などではなくて、ウイルスだとは一体誰が想像できたでしょうか。

しかも目に見えない分、ある意味戦争より手強いというか太刀打ちできないものだと思います。

 

来年2021年に延期となりましたが、巷では中止になる可能性が高いと言われています。

今年1月ごろから新型コロナウイルスがメディアで徐々に報道され始めて話題となり、今7月。

ざっと半年ほどが経ちました。

しかし感染者は毎日出続けています。

以前に比べると数は減りましたが、感染が治まる気配はありません。

予想以上に粘り強いというか、強力なウイルスです。

果たして今年中に治まるのでしょうか。

 

このような事実を踏まえてみると、中止の可能性が現実味を帯びてきました。

もちろん最終的にはIOCが決めることですから、あまり素人がああだこうだと言うのはナンセンスかとは思いますが、またこれも「幻のオリンピック」となってしまうのでしょうか。

とにかく、少しでも現状が良い方向へと向かうことを願うばかりです。

明るい人の闇

他人の性格を言い表す言葉で「明るい人」って言い方しますよね。

子どもの頃でも、よく好まれる人物像として「明るく元気な子」が理想像として挙げられますね。

その明るい人とは、具体的にどのような人物でしょうか。

友達がたくさんいて、常に皆の中心にいる、常に笑顔、ポジティブ、といったところでしょうか。

いわゆる「陽キャ」ですね。

ちなみに私は「陰キャ」でした(笑)。

世間一般には「陽キャ」は肯定され、「陰キャ」は否定される、子どものころはその二者間にははっきりとした隔たりがあり、まだ幼かった私は素直に「陽キャ」の彼ら彼女たちを羨望の眼差しで見ていたものでした。

凄く幸せそうな人たちだと思っていましたから。

 

それから幾年か経て成長するにつれて、ある時ふと思ったのです。

その「陽キャ」の明るい人たち、本当に幸せなんだろうかと。

先ほど挙げた、明るい人の特徴について見ていきます。

 

①友達がたくさんいる

今もまだ歌い継がれているのか分かりませんが、私が子どものころに「友達100人できるかな」という内容の歌がありました(タイトルを忘れてしまいました)。

さすがに100人は無理ですが、友達は沢山いればいいという価値観があるのは事実です。実際親や先生たちがそう勧めてきます。

しかしよく考えてください。

人って十人十色、皆考え方価値観てバラバラですよね?

皆がお互いの価値観を尊重、共有できれば問題ないのですが、そんなの無理です。

中にはそれが出来る人もいるのでしょうが、人間どうしても自分の価値観を大事にしたがりますし、最悪他者へ押し付け、非難ということも起こります。

つまり人が多ければ多いほど、争いが起こる可能性があるのです

「友達」をどう定義するかは人それぞれですが、ここに挙げた自分と価値観を共有できる人を友達と呼ぶとすれば、そのような人はそう簡単に現れないのではないでしょうか。

 

②常に笑顔

笑顔の人って魅力的ですね。

その人の周りがパァッと明るくなりますし、安心感を与えます。

しかし「常に」って、ちょっとおかしくないですか?

と乱暴な言い方になって申し訳ありませんが、人間というのは様々な感情が渦巻いていますよね。

幸せな気分の時もあれば、落ち込んでしまったり、怒りが沸いてくることもある。

生きている以上、それって当たり前のことです。

にもかかわらず笑顔のままって、更に乱暴な言い方をすると、ロボットなのかなと思ってしまいます、怖いです。

 

③ポジティブ

こちらも先ほど挙げた笑顔の件と似た内容になってしまいますが、人間である以上、常に同じ感情のままで居続けることは不可能だと思うんです。

何か高度なメンタルトレーニングを受けていればそのようなことも可能なのでしょうが、それってほとんど仏の域に達している人のみではないでしょうか。

普段一般的な社会生活を送っている人間には無理です。

 

もし、以上三点を兼ね備えている「明るい人」がいるとしたら、その人は無理をしているに違いないと言っていいでしょう。

ではなぜそのような行動をとるのでしょうか?

それはそのような人物像を求められるからでしょう、というよりは求められていると「思い込んでいる」からでしょう。

 

ここまで述べていると、ただ単に「陰キャ」の私が自分の恨みつらみ、悪口を言っているだけじゃないかと思われそうですが、彼ら彼女たちのことを否定するつもりは一切ありません。

むしろ心配になってしまうのです(皮肉ではなく純粋な気持ちで)。

本人たちからすれば余計なお世話でしょうが・・・。

 

私のような「陰キャ」は期待値が低いから、むしろ気楽なんですよ。

で、たまに何かちょっとした成果を上げたら、「あ、結構やるじゃん!」って褒められたりするんですよね。

 

しかしその「陽キャ」の「明るい人」たちって、期待値が高くて、そのキャラを保っている人って、その期待に応えるために無理をしてでも頑張る、真面目な人たちなんですよね。

そんなに無理しなくても大丈夫だよ、と言うのは簡単ですが、なかなかそうはいかないです。

一人でもいい、ありのままの自分をさらけ出せる存在って大事だなぁとつくづく思うのです。

朝食抜きって大丈夫なのか?

突然ですが、皆さん朝食って食べますか?

いや、当たり前でしょ!と思う方が多数かと思います。

1日3食、朝食をしっかり食べないと仕事や勉強のパフォーマンスが上がらないですよね。

しかし、果たして本当にそうでしょうか?

 

以前は私も朝食をしっかり食べていました。

基本は味噌汁と御飯、納豆。

余裕のある時は、それにプラス焼き鮭とまるで旅館の朝食のようなメニューだったこともあります。

しかし今は食べていません

とはいえ、何も口にしていないということではありませんよ。

白湯を飲み、プロテインナッツを口にします。

ナッツだけだと少し口さみしいので、ドライフルーツも併せて。

 

なぜこのような食生活に変えたのかというと、単純にダイエットの為です(笑)。

最初はやはり、少し物足りなさを感じました。

だってその前は旅館の食事を摂っていたわけですからね(笑)。

しかし続けていくうちに徐々に慣れていき、今ではこのメニューで十分満足できるようになりました。

今となっては、以前の食事では食べ過ぎで気持ち悪くなってしまうかもしれません。

 

これで気づいたのです。

朝食を食べなければいけないというのは、単なる思い込みだったのではないかと。

懸念していた仕事のパフォーマンスですが、特に問題ありません。

勿論人それぞれですから、朝食を食べなければパフォーマンスが上がらないという人もいると思いますので、そういう人は無理せず朝食を食べたほうがいいと思います。

あくまで私個人の感想なのですから。

 

ちなみにダイエットの結果ですが、1ヶ月で2キロ減でした。

さすがに急激なダウンとはいきませんが、それだとリバウンドが怖いので、これぐらいのペースでの落ち方がいいのかなと思います。

体重が減ったことも良かったのですが、何よりお腹周りのお肉が減ったのが良かったです。

 

コロナの自粛生活で太ってしまった方も多いかと思いますが、かと言ってあまり無理のあるダイエットはしないように気を付けてくださいね。

飲み会が苦手な人

コロナウイルスも落ち着いてきた昨今、飲み会を開いている人も多いかと思います。

実際飲食店にだいぶ人が戻ってきていますし。

例えばビジネス街の居酒屋さんでは、会社員の人たちが楽しそうに飲んでいます。

しかし私は思うのです。

その中のどれだけの人が本当に楽しんでいるのか・・・。

 

コロナ騒動で良かったこととして、様々な事案が挙がっていますが、その中の一つに「飲み会に行かなくて済むこと」を挙げている人が結構多いそうです。

確かに苦手な上司との飲み会とか地獄ですもんねぇ、かといって断りづらいですしね・・・。

 

では友達との飲み会なら楽しいのかというと、それもまた微妙ですね(笑)。

本当に仲良しの友達となら楽しいんですよ。

それもサシでの飲み会なら尚良しです。

個人的に4人以上になると厳しいですねぇ・・・。

これくらいの人数になるとこのような構図が出来ていませんか?

 

①ずっとしゃべりっぱなしの人

②それを「うん、うん。」と聞いてあげてる人(基本肯定的な受け答え)

③「それはないよ~!」とツッコミ的な立場の人

④この3者の様子を黙って聞いている人

 

ちなみに私は④のタイプです(笑)。

つい先日、実際にこのような展開が繰り広げられた飲み会に出席しました。

正直な感想は、疲れました(笑)。

 

じゃあ行くなよ!と言われそうですが、久々に出席するので、そのことを忘れ、誘われるがままに行ってしまったのです。

で、結果疲れてしまったというわけです(笑)。

 

まるで陰口のようになってしまいますが、決してその人たちが悪いわけではありません。というか1ミリも悪いところはありません。

あくまで私自身の問題です。

なぜ私が疲れてしまったのか、心から楽しめなかったのかを考えると、私がその人たちに興味がなかったからなんだと思います。

例えばその時はアウトドアについての話題が出ていたのですが、インドア派の私にとって全く興味のない話題だったのです。

その他お互い共有できる趣味価値観があれば楽しかったのでしょうが、愛想笑いするのがやっとでした。

逆に、共有できるものがあれば、何時間でも話していられますから。

ってこんな受け身の状態で文句タラタラ言われる側もたまったもんじゃないですね、お前何様だよ!?って感じですね・・・。

 

結論

趣味価値観を共有できない人と飲み会をするな。

例外としては、上司との飲み会のように出世キャリアに響くものは、無下に断れないと思うので、そこは臨機応変な対応が必要ですね。